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1頭の名牝がこの世から去りました。スティルインラブ。2003年の三冠牝馬です。三冠牝馬は1986年のメジロラモーヌとスティルインラブだけ。いかにこの記録が困難かがわかるというものである。ちなみに牝馬がクラシック競争で3勝した例は1943年のクリフジだけである。今年のダービー馬ウオッカはそのクリフジ以来の牝馬のダービー馬。これまた記録に残る出来事であった。 2003年という年は牡馬と牝馬で三冠馬誕生か、と騒がれた年でした。牡馬はネオユニヴァース、牝馬はスティルインラブ。こんなことは日本競馬史上かつてないことでした。あえて言えば1964年にシンザンとカネケヤキがそれぞれクラシックで2勝し、菊花賞で三冠かけて激突したくらいでしょうか。この頃は牝馬限定の3つ目がなかった頃です。結局はシンザンが勝ってセントライト以来史上2頭目の三冠馬になったわけです。で、2003年はというと、菊花賞でネオユニヴァースがザッツザプレンティの3着に敗れ、夢は幻に終わりました。牡馬の三冠馬はディープインパクトまで待つことになったわけです。 スティルインラブの死因は小腸の腸重積だそうです。これは腸の一部が腸の中に滑り込み、腸が二重になってしまい、腸閉塞を引き起こす病気ということ。7月25日に急激な腹痛を起こし、診察の結果小腸捻転と診断され、開腹手術がなされたが、28日に再び腹痛を起こし2度目の手術。その後順調に回復していたが、1日20時頃に三たび腹痛を起こし、2度の手術で体力も落ちており、残念ながら永眠したそうです。競走馬としては16戦5勝重賞3勝。4歳になってからは全く奮いませんでした。繁殖牝馬としてはキングカメハメハを父に持つ牡馬が誕生したばかりで結局1頭しか子を設けることができませんでした。もしかしたらスティルインラブは三冠牝馬になるために生まれてきたのかもしれません。 関係者は大いに落胆しているといいます。しかし、それでも競馬は続いていきます。スティルインラブが残した一粒種がどこまで成長するのか見守っていきたいですね。 最後に。三冠牝馬スティルインラブの御冥福をお祈りいたします。 |
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スティルインラブ急死
残された産駒はたった1頭のみ・・・。もったいないですね。スティルインラブで思い出すのが、3冠馬にして唯一、3冠レースで1度も1番人気にならなかったということ。同期に、同じく歴史的名牝であるアドマイヤグルーヴがいたからこそ、そんな珍記録が生まれたのですが、その頃、そして3冠達成後の競争生活など、どこかしら、影を感じさせる馬でした。 ...続きを見る |
にっかんせきぐち 2007/08/03 09:10 |
初競馬
今日は、第74回東京優駿だそうです。一般的に、ダービーと呼ばれるG1レースです。?今回、知り合いに馬券をお願いしました。僕にとって、初馬券になります。?ちなみに、どの馬が強いとかまったくわからないので、出走馬の名前を見て、購入しました。?馬券の買い方は、「三連複」という買い方をしました。?応援している馬は、1番 タスカータソルテ 3番 ウオッカ 12番 サンツェッペリン 17番 ヴィクトリーを買いました。?この四頭の馬のうち3頭が、1~3着になれば、馬券は大当たりです。?出走は、今日の15:40... ...続きを見る |
何かの感想 2007/08/07 22:15 |
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